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zoom RSS メト「トゥーランドット」グレギーナ

<<   作成日時 : 2011/01/06 07:59   >>

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3:15起床。メト「トゥーランドット」グレーギナ、氷のような姫君の心も王子を愛しつつ自己犠牲となったリューと王子の接吻によって溶ける、王子の名は愛というドラマだが、王子の本心が俺にはわからぬ。リューの死の直後に接吻するというのも頂けないしそもそも姫君を愛しているのかどうかも不詳。

ということでやっと音楽だが、やっぱりグレギーナの声はすごい!。スピーカー越しながら、他の誰よりも音圧が強く、声が録音レベルのピークいっぱいいっぱいにほぼ達している。今、一番旬のトゥーランドットだろう。DVD版のエヴァ・マルトンと比べても、歌・演技の幅がひとまわり大きいと思えるくらい。終幕後ももちろん大喝采を受けている(この人は、ブリュンヒルデは歌わないのか?)。ティムールは、サミュエル・レイミー。もったいないというか、あんまり聞いたことのないような配役だが、若いときにニューヨーク・シティ・オペラで歌って以来、かなり久しぶりの同役だと、本人がインタビューで語っている。さすがに堂々とした声の、いくぶん元気な老王になっている。リュー役は、ロシア出身のマリーナ・ポプラフスカヤ。声も演技も申し分のない出来で、彼女が歌うと会場全体が息をひそめて見入っているのがわかる。DVD版のレオーナ・ミッチェルといい、このポプラフスカヤといい、メトはいいリューを見つけ出してくるものである。カラフ役のマルチェッロ・ジョルダーノは、やや軽めの声で最初は?と思わせるが、高い声はよくのびるのでまあ安心して見ていられる。逆に「誰も寝てはならぬ」の最初で、この歌詞を2回くりかえすところでは、2回目のオクターブ下げた箇所で十分声が出ていないのは仕方がないだろうか。ちなみにラトヴィア出身の若い指揮者アンドリス・ネルソンスは、この曲の最後でジョルダーノが歌いきったあと、音楽を一瞬断ち切り、会場の拍手を待って、また始めるという超荒業!を見せていた。2幕の謎解きの場面など、緊迫した音楽の運びで、長丁場でも緩みを見せない。個人的には「ちょっと間合いが早い」と思う箇所もあるけれど、レヴァインの響きの美しいやわらかな指揮とは、また違った魅力がある。全体として、プレミエから随分たった舞台にもかかわらず決してルーティン・ワークに陥ってはいない。むしろ若い出演者たちにより新鮮味を加えているところは、さすがにメトの底力を感じさせる舞台になっている。というわけで、初めてのライブビューイングは、十分楽しめた。また機会があったら、見に行こうかな。


年老いたつながりで言うと、皇帝役のチャールズ・アンソニーは1929年生まれの現在80歳!!
メトの舞台の最多登場回数記録保持者で、このHDの時点で、2900公演を悠に越え、
(この日が2983公演目か2938公演目のどちらかだったと思いますが忘れてしまいました。)
現在3000公演に向け、驀進中です。
私が生まれるまだ前の、ニルソンとコレッリが共演したメトの1966年の公演(メータ指揮)のCDを持っていますが、
ポン役 チャールズ・アンソニーとなっていて、いつから歌ってるのか、この人は!って感じなのですが、
メトの舞台に彼が初めて立ったのは1954年のことで、以来、ずーっとメトの脇役を勤め、
NYのオーディエンスにそれはもう深い愛と敬意を持たれている歌手です。
(いくつかの写真に見られる黒い衣装と白いあごひげをつけたおじい様が彼です。)
私も今まで本当にたくさんの公演で彼の姿と声を拝見・拝聴してきました。
チャールズ・アンソニーとはちょっと変わった名前ですが、
彼の苗字は実はカルーソー(なので、フル・ネームはチャールズ・アンソニー・カルーソー。ばりばりのイタリア系です。)で、
エンリーコ・カルーソーと比較されるから、苗字を落とした方がいい、というビング旧支配人のアドヴァイスを受けて以来、
今の名前で通すようになったそうです。

リューのモデル
今でこそティムール王と行動を共にし、カラフ王子と話をしているものの元をただせばリューは奴隷。このリューにはモデルとなった実在の人物がいます。
ドーリア・マンフレディ。プッチーニ家の小間使いだった人です。
プッチーニは新しいもの好きで有名でした。20世紀の初め、まだ馬車が主流の時代に自動車を乗りまわしていたプッチーニは1902年2月23日、交通事故で足の骨折という大怪我をしまいました。このとき、動けないプッチーニの身の回りの世話をするために小間使いとして雇われたのが当時16歳のドーリアでした。ドーリアはよく働く娘でプッチーニの足の怪我が治った後もそのまま小間使いとして5年ほどプッチーニ家で働いていたのですが、プッチーニの妻エルヴィーラがドーリアとプッチーニのあらぬ関係を疑いはじめました。
執拗なエルヴィーラのためにドーリアは仕事をやめざるを得なかったばかりか、悩んだ末、若くして服毒自殺。
プッチーニは生涯この娘には「悪いことをした」との思いがあったのでしょう。そのためトゥーランドットのオペラ作曲中、すぐにでも手術をしなければならないほど病状が悪化していたプッチーニですが、この「リューの自殺」のシーンを作曲するまでは頑として入院、手術を拒否したとのことです。
「リューの自殺」をかきおえたプッチーニは喉頭癌の手術をしたものの、手術後5日でこの世を去ってしまいました。





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