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zoom RSS ブルックナー8番

<<   作成日時 : 2011/03/08 07:39   >>

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起床時刻不詳。プロムス2010、ルネ・フレミング絶好調、Vaリザノフもいい。「摂州合邦辻」菊之助第一幕観終わったところでダンタイソン×スダーン東響ショパンPコン2番、剛直な演奏(と聴こえた)引き続きブル8、ブルックナーは線の音楽、マーラーは立体の音楽などと思いながら聴いた。

至高の名曲には違いないですが、今一つ人口に膾炙しない理由として「ブルックナーは難解」という世間一般のイメージがあると思います。確かにブルックナーの交響曲は基本的に純音楽であり、唯一表題の付いている第4番「ロマンティック」が知名度としては高くなっていることからも、それは窺い知れるところでしょう。
 確かにブルックナーの音楽は分かりにくいと思います。少々乱暴な比喩をすれば、ベートーヴェンやモーツァルトの音楽が映画やドラマのようなものなら、ブルックナーのそれは環境映像のそれに近いと言えるでしょう。聴き手が無心にその響きの中に身を浸せば、自然に語りかけてくるのです。逆に言えば、ブルックナーの音楽にドラマ性や感情の起伏などを求めても、結局何も分からずむしろブルックナーの音楽の本質を見失うことになるでしょう。
 そうしたいわば特殊な音楽と言えるだけに、演奏も選ぶ必要があります。カラヤンやバーンスタイン、最近ならば小澤征爾のように優美さやドラマトゥルギーを重視する演奏だと、ブルックナーの本質はスポイルされてしまいます。「ブルックナーはインテンポが基本」と多くのブルックナー指揮者が口を揃えるのも、そうした理由からでしょう。効果を狙ってテンポを揺らしたり、表情を付けようとすると途端に、ブルックナーの音楽はその口を閉ざしてしまいます。

 ブルックナーの音楽はある日突然に分かると言われます。それはブルックナーの演奏には「まあまあ良い」などのいわゆる中間的評価がなく、本質を捉えた演奏か否かの二極しかないからなのでしょう。事実、私も有名どころのバーンスタインやショルティあたりを聴いてたころは、ブルックナーは長くて退屈な音楽に過ぎませんでした。印象が変わったのはマタチッチ/N響の'84年盤との出会いでした。演奏中もそして演奏が終了してからも、しばらく身震いが止まらなかったのを今でも思い出します。そしてそのCDのライナーノーツ(宇野功芳氏でした)から、クナッパーツブッシュやシューリヒト、朝比奈隆の名を知り、今に至っています。
 こればかりは個人と名演との出会いだけに何ともならないところですが、一度、こうした名演に接し感銘を受けたらもう抜け出せなくなります。それこそブルックナーの音楽が一生の宝にさえなるのです。

ブルックナー:交響曲第8番
ALTUS
2003-03-21
ロヴロ・フォン・マタチッチ(


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