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zoom RSS 悲歌のシンフォニー

<<   作成日時 : 2011/03/19 19:17   >>

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徒歩40分極楽湯。入浴前84.1→入浴後83.9→ビール昼食昼寝入浴後84.3。



ヘンリク・ミコワイ・グレツキ(1933〜)は、ポーランドの作曲家。同国の作曲家で、《広島の犠牲者に捧げる哀歌》のペンデレツキとは奇しくも同じ歳である。
初めは小学校の教員であったが、作曲を志したのが22歳の時であり、カトヴィツェ音楽院でシャベルスキに作曲を学ぶ。
在学中に1958年の「ワルシャワの秋」音楽祭に《墓碑銘》が委嘱作品として演奏され、注目を集めた。
卒業後パリへ行くもののすぐに帰国。以後、地道な作曲活動を続けた。1968年以降、母校・カトヴィツェ音楽院で教鞭をとり、校長まで務めるが、1979年には健康上の理由からこの職を辞め、創作活動を続ける。
グレツキの音楽は、最初の頃はウェーベルン風のセリー音楽を追究していたが、やがて独自の語法を開拓する。そして源には典礼音楽やパレストリーナのポリフォニーの影響などがあるという。そして純化された構成、語法も単純になり、「闇夜からの解放」という主題を貫くようになる。
というのも、グレツキはポーランドでもカトヴィツェ州・オシュウェンツィムという町の生まれである。ここはいうまでもなく、ナチの強制収容所のあったアウシュヴィッツである。戦後のポーランド人やユダヤ人の大虐殺の記憶の生々しいころ、そして独裁政権の時代を通じて、ポーランドの苦難の時代を、グレツキは生きてきたのである。
そして音楽にもその影が落とされたといい、「闇夜からの解放」…そして重々しく緩やかなテンポの曲へと純化されていく。
同い年のペンデレツキが世界的に活躍する一方で、グレツキは派手な活動をしてこなかった。しかし近年、この<悲歌のシンフォニー>で一躍知られるところとなった。
この交響曲は、1976年に作られた。ソプラノ独唱とオーケストラのための作品である。3楽章からなるが、すべてLento(レント)で重々しく演奏される。



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